「社会人からの私の形成」②
実は、この疲労困憊の原因には、もうひとつ理由がありました。
再就職した梅田のお店では、私は入社して半年ほどでチーフ(副店長)に昇格していましたが、人間関係がとても悪く、社内の中には派閥などもありました。
「竹本君、どっちにつく?俺に付いている方が色々と得やで」
派閥なんて、社会人になって初めての体験で、衝撃的でした。
お店の中、会社の中で派閥があるので、どうしても雰囲気は殺伐としているのです。
しかし、お店の雰囲気は決して良くないにも関わらず、そのお店は毎日、沢山のお客様がご来店され、昼ご飯を食べれない位に繁盛店なのです。
しかし、繁盛店にも関わらず、非常に経営が苦しい状態だったのです。
理由は倒産する少し前に分かったのですが、経営者(社長)の個人的な借金、夜は大阪の北新地で飲み歩く・・・・。
お店は人気店なので沢山お客様がご来店しているにも関わらず、経営者(社長)の個人的な理由で働く側のスタッフが苦しい思いをずっとしていました。
チーフ(副店長)の私は一応管理者という事で、働き出してたった半年しか経っていないにも関わらず、給与がとうとう遅れ出していました。
過呼吸になったこの時期は、すでに半年間 給与を全くもらってなかったのです。
そんな中、1999 年 12 月のある日、社長から「大事な話があるから、全スタッフ梅田店に来て欲しい」と連絡がありました。
営業が終わってから全店のスタッフが梅田店に集まりました。
経営者(社長)から
「このお店を 12 月末で閉店することにしました。しかし、みんなには、給与は 10 万円しか出せませんが、それでも 12 月末まで全員働いて欲しい」
という事でした。
「えっ!給与がもらえないのは分かっているのに働くの?」
この言葉は私にとって衝撃的でした。


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